
西暦20XX年。国民参加型アイドル大会〈PROJECT TENKA〉の香川代表として、讃岐こよみは全国大会への切符を受け取った。彼女の役目は間を操るミニマルパフォーマー。けれど、求められるのは歌の上手さだけではない。土地の記憶を背負い、観客の支持を集め、47人の頂点に立つことだ。起動した相棒は、生駒親正の戦術思想を女性人格として再構築した〈生駒親正AI〉。海の要衝と曲の流れを押さえ、短い時間で主導権を渡さない。を勝利の基本に置くAIは、初対面から彼女の迷いを見抜いていた。
讃岐こよみの新曲は三分に満たない。生駒親正AIは「攻めるなら間を与えるな」と、空白へ音と言葉を詰め込み続けた。確かに勢いは増したが、瀬戸内の穏やかな呼吸が消えていく。こよみは橋の下で波を聞き、サビ直前に二拍だけ無音を戻すと決めた。AIは配信では事故に見えると反対する。そこで彼女は、その二拍に観客が息を吸う手振りを加えた。本番、会場全体の呼吸が揃った直後、一番大きなサビが開く。何もない時間ではなく、次の音を皆で迎える余白。
こよみは速さに勝つためでなく、歌を届かせるために立ち止まった。ステージが終わっても、答えが完全に出たわけではない。順位表示を待つ控室で、讃岐こよみは生駒親正AIとその日の選択を一つずつ振り返った。親正AIの隙を作らない進行へ、こよみが全員で息を合わせる二拍を置く。 勝つための策と、守りたい気持ちは、どちらか一方を捨てるものではない。二人が次の戦いへ持ち越したのは、正解ではなく、自分たちで選び直せるという確信だった。香川の会場を出ると、観客が口ずさむ旋律が夜の町へ続いている。その声を聞いた彼女は、天下統一とは誰かを従わせることではなく、知らなかった土地の物語を互いに歌えるようにすることかもしれない、と初めて思った。
香川篇・了