
西暦20XX年。国民参加型アイドル大会〈PROJECT TENKA〉の静岡代表として、駿河 葵は全国大会への切符を受け取った。彼女の役目は時機を読む持久戦のエース。けれど、求められるのは歌の上手さだけではない。土地の記憶を背負い、観客の支持を集め、47人の頂点に立つことだ。起動した相棒は、徳川家康の戦術思想を女性人格として再構築した〈徳川家康AI〉。焦らず耐えて最良の時機を待ち、機が来れば確実に進む。を勝利の基本に置くAIは、初対面から彼女の迷いを見抜いていた。
駿河 葵の富士山麓ライブは雨に閉ざされ、徳川家康AIは「晴れるまで動くな」と翌朝への延期を命じた。耐えることには慣れている。けれど会場には、今日しか来られない観客もいた。葵は強行でも全面延期でもない道を探し、屋根のある茶蔵で三曲だけ歌い、最後の一曲を翌朝の無料配信へ残すと決める。狭い蔵では振付を変え、観客と同じ床に立った。翌朝、雲間の富士を背に歌う画面へ、前夜の客からコメントが届く。待つとは何もしないことではない。葵は今日の声を守りながら、明日の好機も自分で作った。
ステージが終わっても、答えが完全に出たわけではない。順位表示を待つ控室で、駿河 葵は徳川家康AIとその日の選択を一つずつ振り返った。家康AIの「待て」を、葵が今日の声も守りながら明日を作る行動へ変える。 勝つための策と、守りたい気持ちは、どちらか一方を捨てるものではない。二人が次の戦いへ持ち越したのは、正解ではなく、自分たちで選び直せるという確信だった。静岡の会場を出ると、観客が口ずさむ旋律が夜の町へ続いている。その声を聞いた彼女は、天下統一とは誰かを従わせることではなく、知らなかった土地の物語を互いに歌えるようにすることかもしれない、と初めて思った。
静岡篇・了