
西暦20XX年。国民参加型アイドル大会〈PROJECT TENKA〉の奈良代表として、春日ことねは全国大会への切符を受け取った。彼女の役目は静けさの中で意志を示す古都の声。けれど、求められるのは歌の上手さだけではない。土地の記憶を背負い、観客の支持を集め、47人の頂点に立つことだ。起動した相棒は、松永久秀の戦術思想を女性人格として再構築した〈松永久秀AI〉。希少な場と情報を交渉材料にし、相手の欲望まで盤面へ組み込む。を勝利の基本に置くAIは、初対面から彼女の迷いを見抜いていた。
春日ことねは、無名の新人が提案した合同公演に心を動かされていた。松永久秀AIは、希少な会場と茶会演出を交渉材料に、相手から有利な条件を引き出せと助言する。古都の代表なら安売りするな、という理屈は正しい。けれど締切の夕暮れ、新人が一人でも回廊で稽古を続ける映像を見たことねは、条件表を閉じた。彼女は「奈良は参加します。まず同じ舞台に立ってから話そう」と送る。勝敗を操る密約ではなく、名前を出した約束を選んだのだ。長く考えた末に差し出した手なら、計算を捨てた弱さではないと、ことねは静かに歌い始めた。
ステージが終わっても、答えが完全に出たわけではない。順位表示を待つ控室で、春日ことねは松永久秀AIとその日の選択を一つずつ振り返った。久秀AIの駆け引きに、ことねが名前を出して約束する静かな誠実さを対置する。 勝つための策と、守りたい気持ちは、どちらか一方を捨てるものではない。二人が次の戦いへ持ち越したのは、正解ではなく、自分たちで選び直せるという確信だった。奈良の会場を出ると、観客が口ずさむ旋律が夜の町へ続いている。その声を聞いた彼女は、天下統一とは誰かを従わせることではなく、知らなかった土地の物語を互いに歌えるようにすることかもしれない、と初めて思った。
奈良篇・了